シンプルライフ(2018年5月13日)

複雑なものは単純に

単純なものは複雑に

波打ち際にたたずむとき

永遠の繰り返しにたたずむ

こんな男がいたという

父母と三人暮らし

1匹の犬をかわいがり

人間の友だちを欲しなかった

義務教育だけは終えて

そのあとは社会というものと無縁に生きた

家にあって父母を助け

犬が死ぬと生き別れのつらさに耐えかねた

健脚だったので徒歩旅行にひとり

しばしば出かけるのだった

学ぶことは限りなくあり

書物に没頭しては時間が足りない

とこぼしていた

父を見送り母を看取り

一人身になっても

生き別れ死に別れするくらいなら

なんという身軽さ

シンプルライフ

ここにあり

乗り物酔い(2018年5月13日)

JR京都駅から特急に乗ると

行けないところはないくらい

特急は各地は向かう

乗り物酔いさえなければ

舞鶴だって、和歌山だって、金沢だって

日帰りでも一泊でも往復できるのだが

酔い方がただならないので

あきらめるしかない

もうちょっとだけスピードを落としてくれたら

しかし横揺れは防げない

なんとかならないのかなあ

 

手亡(2018年4月15日)

和菓子の包装紙には

小さなラベルが貼ってあり

材料が印刷されてある

さらに小さな字で

手亡

これは何だろう

てぼうと読んで

意味はインゲン豆のこと

あんが豆から作られたというわけだ

白い豆、赤い豆、緑の豆

豆のいろいろをまぶたに思い描いた

春野菜(2018年4月14日)

外は真っ暗

外は雨

こんな風雨の夜に

屋根と壁に守られて

何の文句があるものか

 

えんどう豆 インゲン豆 さやえんどう

豆野菜の苦さと甘さ

ほうれんそう みずな

葉物野菜の苦さと甘さ

春はこんなふうに

苦くそして甘く

生きとし生けるものに

苦さだけではないことを

甘さだけではないことを

示すのだ

 

ありふれた朝食(2018年2月17日)

ピーマン2個に

玉ねぎ半個

オリーブオイルでいためて

塩をふる

できあがるのは

ねっとりとそして甘い味わいの

二人分の野菜料理

ありふれた朝の

ありふれた朝食の一品だ

きょうが平凡な一日であることを

予感しながら

ありふれた朝食の時間がすぎていく

きょうという日が

特別な一日にならないことを

言葉にならないような言葉で

願っている

 

伊勢路 はるか(2018年2月14日)

さば街道よりは

高級そうなので

伊勢路を旅することにした

 

鯖には申し訳ないが

伊勢海老の方が上等じゃないか

 

乗り物酔いする身としては

山陰線の横揺れはたまったもんじゃない

伊勢路の近鉄特急は快適にひた走る

 

というわけで

雨の翌日

冬の日に 雪がちらつくそんな日に

伊勢詣でとあいなった

念じることはただひとつ

ただひとつだけ念じることがあったのだ

 

どれほどの時間がたったというのだろう

5歳の自分がその幹にだきついた大木は

どこにあるのだろう

5歳の自分はどこかに行ってしまい

そのお社の

その簡素さが目にしみた

歩くことは生きること(2018年2月14日)

クルマに乗ろうと

運転免許をとった

しかし

クルマを持てずに

紙運転者になっていた

 

時はすぎて

いつのまにか

クルマを運転するようになっていた

 

いつの間にか

自分の車を持ち

日が昇り日が沈み

花が咲き花が枯れるように

玄関を出ると

足はひとりでに

クルマに向かうのだった

 

クルマに乗ることは

生きること

しかし

人が生きるとは

自分の足で歩くこと

両手で荷物を運ぶこと

 

クルマを飛ばすようには

生きられないんだよ

『ローマの休日』(2018年2月10日)

これほど有名な映画を見たのは

最近のこと

そうは言っても父が生前のこと

「初めて見るなあ」と言うと

父はこう言った

「おまえは勉強に忙しかったから

見るひまがなかったんやな」

憐れむかのような口調で

実際いつも追われるかのように

勉強していた

頭のいい人なら短い時間ですむものを

 

グレゴリー・ぺっくはいい俳優だな

ほんとうに

王妃に惚れていたにちがいない

演技ならああはできないな