乗り物酔いの次の日(2017年11月3日)

頭は重く胃も重く

つらい朝を迎えた

ちょっと身の置き所がない感じで

庭の落ち葉集めをすることにした

10月の台風が杉を揺さぶり

枯れた葉を大量に落としたのだった

作業をしては一休み

一休みしては作業を

繰り返すうちに夕方が来た

ようやく頭や胃が普通に戻ったのだった

 

 

乗り物酔い(2017年11月2日)

島根県松江市で開かれる学会に出席することになった

新幹線で京都から岡山へ

特急で岡山から松江へ

どうってことない時間と距離なのに

頭痛がだんだん強まって

帰り道では頂点に達した

乗り物酔いは苦しいものである

とくに特急に乗ると

決まって起きる

こんなわけで

京都から特急に乗って行くところは

天橋立も金沢も和歌山も

二の足をふんでしまう

誰が知ろうか(2017年11月1日)

それは私に

吐く息にも

吸う息にも

つきまとい

かたときもそばを離れることがない

この私の悲しみは

誰にもわかるまい

 

けれど

誰にもわかってもらえないことを

私は悲しまないのだ

それは私の大切なものだから

誰にも知られず

この悲しみとともに

生きていこうと思う

そういう問題じゃなくて(2017年11月1日)

台風のあと
青空に雲がくっきりと浮かぶ
風とともに
とある男が舞い下りて
こんなセリフを言い捨てて
また風とともに失せていった

背が高いだって
それがどうした

背が低いだって
それがどうした

はげてる
ふとってる
目が小さい
それがどうした

そういう問題じゃなくて
じゃあ
何なのさ

力をつくして生きること
力のかぎり生きること

風神(2017年10月30日)

風は神がおこすものと
信仰されていたころ

雷もまた神がおこすものと
信仰されていた

いつしか信仰が薄れゆき
木枯らしが数えられるものとなり
下界の現象とみなされる

本当は今も神が風をつかさどる
道端を
庭の片隅を
吹き抜けて現われわたる
今朝の青空

木枯らし1号の吹いた今朝
神がいたるところに満ち満ちていた

よくばり(2017年10月28日)

あれがほしい
これがほしい
そんな貪欲さはないつもり
けれど
愛されたい
好かれたい
そんな貪欲さがわたしの中には
ある

それが夜ごと日ごとに
襲いかかる
人ってみんなこんなだろうか
学校へ行くと
天真爛漫な生徒たちに
見抜かれてしまう

一日
家にいて
飼い猫とじゃれていたい

うつむく君に(2017年10月28日)

さっきから椅子に座ったり

立ち上がって歩いたり

するとかなしくなってきた

うつむいみたら

足が見えていっそう

かなしくなってきた

この足はどこへも歩いていけないのだ

 

今度は上を向いてみた

天井が見えるだけ

おもしろくもないし

ますますかなしくなってきた

 

上を向いて歩こう

だなんて

かなしくて かなしくて

今のわたしにはできっこない

 

足元に飼いウサギがまとわりつくので

しゃがんで背をなでてやった

ふうわりとやわらかで

わたしの心がなでられているみたい

高知の町 ブラタモリ(2017年10月5日)

たまたまテレビをつけていたら

ブラタモリという番組で

高知の町を案内していた

江戸の城郭がどんなだったか

遺跡を見せていた

その美しさ、その秩序が

ありありとわかる番組であった

 

城郭を残しながら

その周囲に

新しい街並みを作っていく

そんな考えはなかったのだろう

堀をふさぎ、橋を埋め

アスファルト道路を張り巡らし

美しいとは言えない今日の姿を

作り出した

どれほど嘆こうと

二度とは戻らない城の町が

想像に中に立ち上がる