ベッドを抜け出して(平成27年6月20日)

消灯時間をすぎて暗くなった病室で

輾転反側していると

おなかがすいてきた

パンが食べたいなと思っているうちに

イタリア語でパンはなんというのだろう

とんでもなく思考が脱線を始めた

ベッドを抜け出して

非常階段から病院の屋上にでた

家の方角を探していると

毎朝駅で出会っていた名まえを知らない

女の子を思い出した

退院して家に帰り高校へ通学するようになったら

駅で朝会ったとき初めて話しかけてみよう

おはようと言ってみよう

そんな勇気がわいてくるだろうか

夜景を見ていると悲しくなってきた

 

 

 

健気な少女の物語(平成27年6月9日)

この世間には無数の人がいて

無数の生き方をしている

どれが良くてどれが良くないと

言えるものではないのだが

ここに一人健気な少女がいる

年齢は16歳

看護学校にかよう生徒だ

病弱な母親と不登校がちな中1の妹がいて

朝に起きれない母に代わって

妹に弁当を作り学校へ送り出す

自分の弁当は時間を惜しんで作らず

パン屋で買うことにしている

20歳になったら卒業

試験に合格したら晴れて看護師

母を助けて家計をになう日を夢見ている

天のどこかに女神がいるのなら

きっとこの女の子を愛してやまないだろう

 

 

自由か気ままか(平成27年6月9日)

明日をも知れぬテキ屋稼業から

どういう風の吹き回しか

精神病院に迷いこんで30年

退院したあとの世間暮らしに

男は背筋が伸びる思いがした

働き盛りを空費したと悔いてはみたが

根っからののんき者

一人暮らしのアパートで気ままを楽しんでいる

かたや

自由になるために懸命に外国語を学ぶ男がいた

節制 修練 禁欲

何もそんなに不自由な生活をしなくてもと

はたの者はかわるがわる忠告するのだったが

これはこれで人の話が聞けぬ頑固者

気ままに生きてきた者と

自由に外国語をあやつる者と

運命の女神はいずれを愛するのだろうか

 

 

 

畑が命(平成27年6月8日)

都会に暮らすある女性には

田舎に老親がいた

85歳の老母は

老父の葬儀の日の早朝

畑へ行き

カボチャの種の

交配をすませた

その日を逃せば

来年まで待たねばならなかったのだ

畑が命

という母の前で

自分には命といえるものがあるのか

通夜のあとの頭では

何も思いつくものはなかった