卵と壁

~村上春樹氏受賞スピーチに寄せて~

 卵をこわれやすいもの、弱いもののたとえに用いた話だったのだそうだ。卵のこわれやすさのことを考えてみた。
 自然界にはニワトリの卵の殻と同じような強度で同じような形のものは他にはなさそうだ。あのこわれやすさが理にかなっていることを最初に言いたい。
 もし、卵の殻が相当堅い、つまり、強度が相当のものだと仮定してみよう。そうするとどうなるか? ひよこが内側から殻をつついて破ることができなくなるだろう。他の動物がニワトリの卵を失敬して食べてしまうことができなくなるだろう。大変堅いわけだから、どんな動物であってもその殻をこわせないのである。人間にとっても食用にならないだろう。ゆで卵をつくったりすると大変なことになる。食卓の角でコンコンとたたいたくらいでは殻をむくことができない。
 だから、あのこわれやすさ、あの殻のうすさがとても大切なのだ。強く握れば素手で簡単につぶれてしまい、卵どうしがぶつかれば簡単に壊れてしまう。その壊れやすさが実に卵の長所なのである。
 つまり、強ければいい、というのではないのである。