Build , built , built

 近所に住む小学生 6 年生の S ちゃんが回覧板を持ってある日の夕方、我が家の玄関にやってきた。人見知りをしない明朗な性格の S ちゃんは大きな目をした少女である。その大きな目をキラキラ輝かせながら、私にこんなことをたずねてきた。
「小父ちゃん、 built って何よ。私、英語を習っているけれど、 built  って知らないのよ」
「それはね、 build  の過去形と過去分詞なんだよ」
と答えると、
S ちゃんは大きな目をますます大きく見開いて、後ろに倒れんばかりにのけぞって、
「小父ちゃん、英語知ってたの!? どこで習ったの?」
と不思議そうにたずねる。
  どうやら大人は英語を知らないものだと思いこんでいるようだ。それに引き換え、英語を勉強している自分をさぞや誇らしく思っていることがうかがえた。
  日本の学校では、中学から全員が英語を勉強してきたことを知らないのだった。確かにふだん、当たり前のように英語を使う生活をしているわけではないから、 S ちゃんのように思うのも無理はない。
  「バーイ」と長く音を伸ばして、 S ちゃんは元気よく帰っていった。空は夕焼けになりかけていた。空はなぜ sky というのだろう? そんな疑問なんかどこかへ飛んでいってしまうほど、真っ赤な太陽が山際に沈む前の輝きを放っていた。