えらくならないでね
私が会えなくなるような
えらい人に
ならないでね
こういって見送りされた男は
上京二年
胃を病み
やせさらばえて帰郷した
ふるさとの海を前に
非力をかこつのだった
一人二人、また一人と
ふるさと帰郷組がそろい
不運と失敗を嘆きあうのだが
海辺の町で
それぞれの道を歩き始めた
それから十年
妻子と食卓を囲み
職もあれば住む家もある
ないのは肩書きだけ
そんなことにはおかまいなしに
きょうも夕日が海に沈む
くだんの男の仕事は
父のあとをついで町の電気店
電話ひとつで身軽に出かけて
修理やら新品取り付けやら設置やら
アポもなしに突然の訪問をするものだから
相手は居たり居なかったり
田舎者とわらわれる
見送りされた女性に町で行き合えば
「○○ちゃん、元気?」と声がかかり
男のまなこに笑みがうかぶ