COOL HEAD WARM HEART

英語に触れてから数十年、習った単語を覚えては忘れ、忘れては覚えをくり返してきた。日常、読み書きしなくても暮らせるので、しだいに忘れていき、思い出すは英語を勉強したことで、肝心の内容となると心もとない。それでも反すうしてその意味をかみしめることばがある。私の場合は、COOLとWARMだ。

とにかく日本語の意味をおぼえないといけないというので、COOLは冷たいで、WARMは暖かいとおぼえこませた。よく似た言葉に、COLDとHOTとがある。その違いは何だろうか? 比較的最近まで、この違いがわからなかった。わからなかったというよりも気にしなかった。

今、辞書ふうに解説してみると、こういう説明になる。COOLは冷静な、怜悧な、冷静沈着な、というように良い意味に使用する。これに対して、COLDは冷淡な、心が冷たい、ひややかな、と悪い意味に使用する。こういう説明を聞いて、なるほど!と膝を打った。そうだったのだ。冷戦はCOLD WARと言っていた。昨年夏からはやりのCOOL BIZだって、もしCOLD BIZだったら、普及しなかっただろう。

WARMはどうかと言えば、こちらも心のあたたかな、日差しのあたたかな、と良い意味に使う。他方でHOTはいやな暑さ、悪い熱さのことである。HOT SUMMERというように。でもHOT DOG はどうなるのだろう?

さて表題に戻る。暖かい心と怜悧な頭脳を持つことが、人としての理想なのだと。あたたかい心だけでも不足だし、怜悧な頭脳だけでも不十分だ。両方兼ね備えてこそ、人らしくなる。ともすれば、思慮不足かつ冷淡な心になりがちな日々から、私を救い出してくれますように。こんな祈りを今月今夜の満月にささげた。