末期の目(まつごのめ)(平成27年11月8日)

ノーベル賞作家川端康成は

末期の目をもって書けと

常々弟子に語っていた

 

タクシーに乗らなければならなくなり

流しの車に乗り込んだ

運転手は私が精神科医だと知ると

問わず語りに話し始めた

 

亡くなった娘は拒食症で25年間

自宅にひきこもり寝たきりだった

食事は米を10グラム野菜を15グラムと決めて

測りで毎回測るのだった

 

血糖値が下がり続け治療を拒否し

いよいよ息がたえだえになった

母親が救急車を呼び

病院に搬送されたが

回復することなく死亡した

40歳をこえたばかりだった

 

娘が救急車のストレッチャーに乗せられ

父親である自分のほうを見たとき

その目には憎悪が浮かんでいた

 

私はいいんです

あの目を忘れられないけれど

娘の死と私に向けられた憎しみを

私は受け入れられたのですよ

憎しみに見えたものの奥には

愛おしさと切なさに満ちて

先立つ不孝を詫びるような

目だったのです

 

こんな話を聞きながら

車酔いに苦しみながら

クルマは目的地に着き

私は下車した