ノーベル賞作家川端康成は
末期の目をもって書けと
常々弟子に語っていた
タクシーに乗らなければならなくなり
流しの車に乗り込んだ
運転手は私が精神科医だと知ると
問わず語りに話し始めた
亡くなった娘は拒食症で25年間
自宅にひきこもり寝たきりだった
食事は米を10グラム野菜を15グラムと決めて
測りで毎回測るのだった
血糖値が下がり続け治療を拒否し
いよいよ息がたえだえになった
母親が救急車を呼び
病院に搬送されたが
回復することなく死亡した
40歳をこえたばかりだった
娘が救急車のストレッチャーに乗せられ
父親である自分のほうを見たとき
その目には憎悪が浮かんでいた
私はいいんです
あの目を忘れられないけれど
娘の死と私に向けられた憎しみを
私は受け入れられたのですよ
憎しみに見えたものの奥には
愛おしさと切なさに満ちて
先立つ不孝を詫びるような
目だったのです
こんな話を聞きながら
車酔いに苦しみながら
クルマは目的地に着き
私は下車した