生還した特攻隊員

新緑の甘い香りが40年も昔の中学校の教室へ私を連れ戻した。古ぼけた校舎の、とある教室で、同級だった人が私に語った話である。自分の伯父は特攻隊員でありながら生還したと。その人を仮にA氏と呼ぶことにしよう。A氏は入隊前に現地情報収集に全力を注いだ。太平洋の地図を広げ、飛び立つ基地から飛行距離にある島々を調べ抜いた。そしてどの島に着陸するのが良いか決定しておいた。そして隊員となり、おそらくは皆に見送られて、基地を飛び立った。そして爆撃に向かうのではなく、当初の予定どおり、目的の島に降り立った。見送った皆は当然、敵艦に突撃して死亡したものと思いこんだ。島に着陸したA氏は終戦まで身を潜め、その後帰国した。このA氏の行動を裁く理屈を私は持ち合わせていない。おそらく誰もがそのような原理を説くことができないのではないか。むせ返るような深緑の香りをかぎながら、今の私が思うのは目的を持ち、情報収集することの大切さだ