3匹の犬

知人から聞いた話ばかりになってしまうけれども、印象に残る話だったので、書いてみたいと思う。

まず 1 匹目のイヌ。種類はシェパードで、警察犬として養成されていたあるイヌの話だ。警察犬は「噛め!」という合図があれば目指す人間を噛むようにしつけられる。噛むことが任務だし、任務である以上、噛めと指図されたときだけ、噛むように訓練を行なうわけである。私の知人 A 氏は何頭もの警察犬を養成する係りだった。ところが、ある訓練中のシェパードはどういうわけか、噛め!と命令すると相手かまわず噛みつく。師匠である A 氏にも噛みつく。 A 氏は腕に生傷が絶えず、とうとう退職を決意するに至った。そのときの噛まれた傷はしっかりと A 氏の両腕に残っている。

次に 2 匹目のイヌ。同じく種類はシェパードで、幼い頃にイヌ好きのB氏に飼われた。成犬となり大きな小屋を建ててもらった。B氏はすでに退職した70歳代の筋骨たくましい男性で、綱を力強く引き締めながら、朝夕散歩する姿が見られた。時が過ぎ去り、B氏は物忘れをするようになり、一人で外出すると帰宅できなくなった。それでも朝夕の犬を連れての散歩は雨の日以外、欠かしたことはない。散歩コースを愛犬がおぼえていたため、もはや道がわからないB氏は困ることはまったくなかった。

最後に 3 匹目のイヌ。年老いたシバ犬が大きなお屋敷の主に飼われていた。お手伝いさんが毎朝、散歩に連れ出していた。冬の間は胴巻きのようなセーターを着せてもらい、大切にされていた。元々の顔つきなのだろうけれども、困ったような表情をいつも浮かべている。お手伝いさんを困らせる習癖がひとつあった。散歩の途中で立ち止まってしまうのである。一度立ち止まると、10分でも20分でも動こうとしない。
「ねえ、散歩しようよ、○○ちゃん」
お手伝いさんが熱心に促すけれども、悠然と動かず、バスが道路を走るのをじっと見つめているのだった。