思えば遠くへ来たものだ(平成28年2月27日)

山のいただきで

思えば遠くに来たもんだ

鼻唄をムーミンが歌っていると

うっかり遠くへ来すぎたもんだ

とこだまが聞えた

時は夕暮にはまだ遠いのだが

帰らなくては

還らなくては

ムーミンの心にささやくものがあった

 

夕暮までに帰り着くだろうか

ムーミンの胸は不安ではりさけそうになった

谷間の家の台所から

流れてくる夕餉のにおい

食卓のしたくをしているお母さん

家の壁のペンキ塗りしているお父さん

早く会いたくて

ムーミンは靴が脱げたのも忘れて

足を早めた

 

足取り重く(平成28年2月21日)

足取りは重く

前へと進まない

後ろ髪がひかれて

しかし何が後ろ髪をひくのか

いぶかしいのだが

 

ちょうど春もまた

3月が近いというのに

足取りは遅く

訪れる気配すらない

 

今は立ち止まるときだ

こんなに遠くへ来たのだから

前進を断念すべきときだ

これほど遠くへ来てしまったのだから

引き返すときだ

旅は終わろうとしているのだから

 

 

 

 

 

モネの目は白内障になっていた(平成28年2月14日)

きょうの日曜美術館

モネの展覧会がいま福岡で

開催されている

水蓮を描き続けたモネ

しかし晩年には白内障に

悩んだ

黒いサングラスをかけた写真が

残されている

日光をさえぎる治療法が当時には

主流だったのだろう

現代なら

白内障は手術で治る病気のひとつだ

もしモネの目が現代の手術をされていたなら

もっともっと

水蓮を描いてくれたことだろう

春一番(平成28年2月14日)

落下物 飛遊物

粉塵 枯葉 犬の糞

当たらぬように気をつけていても

あとは運まかせ

春一番

強風とともにしか春は来ないのだから

 

なまあたたかで

どこか冷たく

宙ぶらりんの

春一番

 

こんな日には出歩かなくてよいのだが

動物 植物

春のきざしに会いたくて

何にも会わず

花粉だけをたっぷり吸いこんで

家路についた

 

サプライズはいらない(平成28年2月13日)

あくびができるような

判で押したような

そんな毎日がいい

サプライズはいらない

 

びっくらこいだ

亡父が口にしていた気にいりの文句だった

びっくらこぐような日は来ないでほしい

 

時をへて今はびっくらぽん

ひびきだけで笑いをさそわれる

けれど

びっくらぽんもいらない

 

鉄道ダイヤのように

何もかもが定められた秩序のもとに

始まったオーケストラが楽譜を

きざみ終章へたどり着くように

 

サプライズのない一日をきょうも願う

 

心配性の一日(平成28年2月11日)

どんなにたいくつな家庭であっても

住まいとは隣りの家から遮断された

そんな空間のことだ

遮断の壁が取り払われたらー

隣りのオヤジがむすこをなぐった

その隣ではむすこがおふくろをなぐった

こんな話を聞くたびに

心が騒ぐ

騒いだ心は簡単には静まらない

 

家なるテレビのおかげで

難民のこどもが波打ち際に

打ち寄せられた

目を覆いたくなる映像

我が子と年も変わらぬ

その姿に目の前が暗くなる

地震によって振動するマンションの

まさに倒壊する映像

自分の住んでいるマンションが

もし倒れたら

きっと自分もこどもも

助からないだろう

 

せっかく遮断壁の内に住みながら

住まいなるテレビのおかげで

自分の無力が身に染みて

心配性の一日がすぎていく

 

 

 

すぐに役に立つこと(平成28年2月11日)

すぐに役に立つことは

すぐに役に立たなくなる

はるかな時間のかなた

はるかな空間のかなた

中学校の教室

国語の時間に聞いていたはずの箴言

居眠りしていたのか

ぼんやりしていたのか

聞いたおぼえはないのだ

あるいは

忘却しているだけか

 

今役に立たないばかりか

いつになっても役に立たないこと

そんなことならまかせてほしい

 

ある晩

書棚をうろついて

本がちっとも読めない

こういう晩には無意味なことをするに限る

それには辞書遊びが一番だ

 

これは日本製漢字ではなかろうか

調べると象形文字とある

英語では

umbrella

中学校で初めて習ったとき

奇妙なアルファベットの配列に

頭がくらくらした

イタリア語

ombrello

(ombraは日陰)

フランス語

ombrelle

元はと言うと

後期ラテン語

umbrella

そして

ラテン語

umbra(日陰)から派生

 

それにしても

イタリア語の

オンブラ

という響きはおもしろくて

日本語のおんぶを連想してしまう

オンブラとおんぶ

乳母日傘(おんばひがさ)で育ったあの女の子は

今頃どこでどうしているやら

 

はるかな時間と空間をまたいで

またまた中学校

英語の時間

語根を種明かししてくれる先生だった

しかしちっとも興味がわかなかった

語源と語根の大切さを

今なら理解できるのだが

 

各国語を横断しながら

語源や語根をちりばめる

そんな授業は中学生には苦痛だろうか

試験に関係がなかったら

くらいついてくれるかもしれない

 

 

 

 

85歳(平成28年2月11日)

自分を楽しませる方法を知っていた

老婦人の物語

『ベスト・フレンド』(昭和49年)より

週に1回の読書グループを世話していた

本を読んでくる人とケーキを焼いてくる人がいた

創作をしていた

友人、親戚と交際していた

ときどき旅行に出かけていた

4連休(平成28年2月11日)

今日は木曜日

明日金曜日を休暇にすると4連休

仮想4連休を考えていると

心が和んだ

連休1日目

手紙を書いた

連休2日目

読書した

連休3日目

詩を書いた

連休4日目

一人で小高い所へ登った

ほしいものはなに(平成28年2月10日)

とある郊外の精神科病院の

昼下がりの診察室では

医師面接が行なわれていた

「あなたのほしいものは何ですか?」

と尋ねられて

「嫁さんがほしいです」

と答えが返ってきた

自由な時間ですだとか

まとまった額の小遣いですだとかの

答えを予想していたのだ

気分の波がある病気の人だったのだが

芯のところでは至ってまっとうな人の心が

生きていた

入院してから20数年がたち齢50歳余り

この先も長い入院生活が待ち受けている

手に入るはずのないものと

知りつつ望みを語ったのだろう

 

病院のへいの外には

田園が広がり

点在する家々では

お嫁さんのいる男たちの生活が

なんの疑問をもつこともなく

営まれていた