やぶれかぶれ(2019年9月30日)

やぶれかぶれ
と言っても
自分のことじゃない
千円札の話だ

ときどき
ほんのときどきなんだが
やぶれた千円札を受け取る
びりっと割いたように
一部が欠けている

これは困るんだ
なぜって
ATMに入金できないから

どうすればいいのか
銀行や郵便局へ行き
窓口で預金するのだ

けっこうめんどうくさい
だから
素知らぬ顔をして
ちゃっかり
支払いに使う輩がいるわけだ

かくして
やぶれかぶれの千円札は
人から人へと
不吉な札のように
トランプのババのように
転々とさまようのだ

プロテイン(2019年9月25日)

プロテインって何のこと
タンパク質だ
誰でも知っている

タンパク質は水に溶けない
たとえば
生卵を水に割っていれると
ふしぎな形になって水中をただよう

人の体はタンパク質でできている
もしタンパク質が水に溶けるなら
プールで泳ぐと
体が溶けてしまうわけだ
雨にぬれても体は融けてしまう

さあたいへん

ボールペン(2019年9月25日)

ボールペンには水性、油性と
あって、なんとなく
水性を使っていた

たまたまもらったボールペンが
油性で
使うと
色は黒々、なめらかに
ペンが走る

なんだ食わず嫌い、使わず嫌いだったんだ
これからは油性で行こう

水と油(2019年9月25日)

水と油は溶けない
言うずと知れた当たり前のこと

いつもの喫茶店では今日も
シニアの男ふたりが
暇でたまらんという顔をして
しゃべりあっていた。

おい
知ってたか
もし油が水に溶けたらどうなるか
いや知らんな
そうか
じゃあ教えてやろう

細胞ってあるよな
細胞は油の膜で包まれている
中は水たまりだ
膜が水に溶けたら細胞がつぶれてしまうんだ

なんだか難しい話だな

意志が強い(2019年8月24日)

たばこがなかなかやめられない人が
こう言った
「意志が弱くて」

やめようという意志が弱いので
やめられないと

けれども反対に考えると
吸い続けようという意志が強いのだ
とも言える

ただ意志の強さを向ける先がちがうわけだ
やめようとする意志は弱い
吸い続けようとする意志は強い

がんことあほ(2019年8月24日)

田辺聖子さんのエッセイ集はたくさんあって
『ラーメン煮えたのご存じない』が一番印象に残っている

「いもの煮えたのご存じない」をもじったタイトルである。
その中に
「あほとがんこ」という題のエッセイがある。

あほだからがんこになるのか
がんこだからあほになるのか
どっちだろう?

まあこんな話である。

見上げた生徒(2019年8月19日)

こんな生徒がいた
昔話を語りたくなった

中学一年生
真新しい学生服を着て
さあ何をしたか
隣りの生徒とけんかした
黒板消しの道具を持ちあい
互いにたたき合いをした
黒い学生服の上着はチョークのかすで
白くなってしまった

冷静というか冷めているというのだろう
この生徒はかく語った
「おれは勉強は嫌いなんや
しかし勉強はするんや」

時は流れ時は過ぎて
高校3年生
隣りの学校の女子生徒がみな
ふりかえるほどの美少年になった

時は流れ時は過ぎて
東大のキャンパスを長い髪をして
さっそうと歩いていた

それが私が彼を見た最後である
今もきみは美老年だろうか

鮎釣り名人(2019年8月3日)

まだ8歳にもならないのに
鮎釣りのうまい男の子がいた

学校から帰りかばんを置くなり
道具をもって川へ走る
家が川のそばにあったら
どんなにいいだろう
男の子はそう思わずには
いられなかった

 しかし
今日はまったく釣れなかった
こういう日だってあるもんだと
なかなか思えなかった
肩を落として家に帰った

学校友達というものがなくて
両親が心配していた
男の子は平気だった
野球やゲームに誘われなくてすむのが
うれしかったのである
それに
鮎の釣り方やどこが釣れるか
いろんな男の子からも尋ねられ
丁寧におしえてあげるので
好かれていた
女の子が尋ねることもあった
「お父さんが鮎釣りしたいって言ってるの」
「一緒に連れて行ってもらえないかしら」

次の日曜日
女の子、女の子のお父さんと川へ行くことになった

暑いだけなら(2019年8月1日)

仕事場から近いのと
コーヒーがおいしいのとで
ときどき行く喫茶店がある

昨日は暑さにたまりかねて
午後の空き時間に訪れた

シニア二人の男がしゃべりあっているのが
聞こえてきた

「俺んとこは女房が病気でよう、
3度目の入院をしてるんだ。
いつ良くなるかと聞いても
医者は何も言わない」

「そりゃたいへんだな。見舞いに行ったり
 しなきゃならないんだろう」

「見舞いに行くのはわけないさ。俺は
ひまだからね。帰り際がつらいのさ」

「そうだよな。暑さだけでもつらいのに
きみは病人を世話しなきゃいけないから
なおつらいよな」

「本当にそうさ。暑いだけならがまんすれば
いいだけのことだ。そのうち秋が来るんだもんな」

こんな話を聞きながら
今ここにいる夏はいずれは終わって
秋に席をゆずる
その確実さにみょうに感心するのだった