マルティン・ルターかく語りき
明日世界が滅びようとも
私はリンゴの木を植える
そうなのだ
木を植えることは何物にもまして
最優先しなければならない
大きくなる速度を早めることはできないのだから
植える時期を早くしないといけない
そうなのだ
木を植えることは人生の最緊急事なのだ
それにしても雨上がりの
木の幹の美しいこと
きみのように
マルティン・ルターかく語りき
明日世界が滅びようとも
私はリンゴの木を植える
そうなのだ
木を植えることは何物にもまして
最優先しなければならない
大きくなる速度を早めることはできないのだから
植える時期を早くしないといけない
そうなのだ
木を植えることは人生の最緊急事なのだ
それにしても雨上がりの
木の幹の美しいこと
きみのように
ツバメの季節が来た
巣を作り、卵を産み、ひなを育てる
見事になしとげる
巣作りすることは脳にまえもって
プログラムされているのだという
それにしても巣の材料を探し、
材料を組み立てるのはプログラムされては
いないだろう
ひなのためエサを探す行動は
プログラムされてはいても
どこでどう見つけるかは1匹のツバメが
あらんかぎりの知恵をつかってなしとげるしかない
その身ひとつで持ち物なしで生きていくのは
驚異的である
雁という鳥の話しへ移る
題名はことわざを使ったもの
空には射落としたい雁が無数に飛んでいる
それなのに
自分が射ることができる矢は
たったの3本しかない。
いくら多くても3羽の雁しか
射落とすことはできない
これは比喩である
欲張るなかれ
あきらめろ
狙いをひとつに絞れ
こういう意味なんだそうである
それなのに
ちまたにはなんとたくさんの
欲望をかきたてる装置のあることだろう
東海林さだお氏の「週間朝日」連載コラムの題は
「あれも食いたい これも食いたい」
まことに欲望全開の
おもうしろうてやがて悲しきストーリーに
ふと空虚な心地になる
白いツツジの花
花期は長いのだけれど
さすがに茶色に変わってきた
散るのもあるが
しっかりとがくに
くっついているのもある
ひとつひとつとりのぞいてみた
ハチが飛んでいるすぐそばで
はなびらをむしる
ハチはいそがしいのだ
ハチミツをつくるのだがら
bee is busy
人をさしているひまなどありはしない
4年前、カシの木の根元に春先に葉が
落ちてつもっているのに気づいた
毎年見ていたはずなのだが
はじめて意識にのぼったのだった
すべての葉が落ちるのだろうか?
そうなのだ
全部の葉が新しい葉に入れ替わるのだった
常緑樹だから、葉を落とさないのではない
葉のない時期がないのが常緑樹
カシの隣の金木犀はほとんど葉を落とさなかった
renkyu wa owatta
つくば市で学生だった頃
1年生の化学の講義
こんなローマ字を黒板に書いた
教授がいた
本格的に授業が始まる時期が来る
合図だったのだ
次の連休は海の日
umi no hi o matinagara
海の日を待ちながら
夕方になっても明るい空に
伊丹へ向かう飛行機が
くっきりと雲をえがいた
75回の夜と昼とを
泳ぎきらない者は
母なる海へ到達できない
くるみの木を思い出した
北海道にあった1本のくるみの木を
思い出した
樹高10メートルはありそうな大木
秋には実をつけて落ちると黒くなった
鬼ぐるみを拾い集めて実を食べた
シルバスタインの『大きな木』
欲望に駆られた男が次々に
りんごの木に要求して最後には
幹を切り倒してしまう話
献身に生きた母なる木と
貪欲のままに東奔西走するが
決して満たされることのない
哀れな男の物語
もう見ることのないクルミの木と
リンゴの木の思い出がせつなく
よみがえった
ふるさとの町には
川が流れている
ただし大雨のとき以外は
かろうじて水が流れているほどだし
2級河川どころか3級、あるいは
それ以下といったところ
こいのぼりが川の水面上すぐに
とりつけられていて
見上げるのではなく
見下ろすような位置にある
うしろから歩いてきた女の子曰く
屋根より高くないね
このこいのぼりは
高層中層低層入り乱れ
瓦屋根は少なくなってしまった
この時代
それでも歌は同じままだ
西神戸のとあるJR沿線の町
かなり急な坂をのぼっていくと
向こうに見えてきた
親の家は草が生い茂り
笹は伸びほうだい
あばら家になっていた
全部で3時間の予定で
不用品をかたづける作業をした
古い手紙や趣味のものなどが
残されている
見始めると作業の手がとまる
親の家の整理は
自分自身の整理だ
ここ嵐山は観光で訪れる人が多い
きょうのような雨でも
道を歩く人がとだえない
雨にうたれるかえでの新緑が目にしみる
服装に目がいってしまうとき
言葉は明らかに日本語以外なのに
服装はふだん着で
私たち日本に住む人と変わらない
いつか外国へ旅したら
服屋を見に行きたい
萩原朔太郎は
せめて新しき背広着て旅に出ん
とうたったけれども
晴れ着の旅人は嵐山には来ない
地域ネコは子ネコを生み終わったらしく
半月ほど前に現れたときにはおなかの
ふくらみがなくなっていた
全体にやせて授乳のため
栄養がもっていかれているのだろうか
きょうは長い時間、えさ入れの皿あたりに
たむろしている
子ネコを忘却したのではあるまい
子ネコは生後まもなく全匹死んでしまったのか
忘却といえばきのうのことはかなりおぼえているけれど
1週間前のこととなると相当忘れている
人はなぜ最近のことでさえ忘却するのだろう