一日のサバイバル≪2018年7月16日)

死が眠りなら
眠りは死だということになる

死は眠り
眠りは死

朝に目がさめるのは死から生還したことになる
そう目覚めは生還のこと

一晩の眠りのあと目覚めたら
一日分のサバイバルを果たしたことになる

明日の目覚めは約束されていないので
目覚めは奇跡である

一夜の眠りに続く朝の目覚め
一日分のサバイバル

手をつないで

おさない女の子が
母にてをひかれて
みちを歩いている

お母さん
わたしはいつまでも
手をつないでいたい
ずっとずっと
いつまでも
約束してね
手を放さないって

手招き(2018年7月7日)

雨が近いのだろうか
風が吹く
やんだかと思うと
そっと風がしのびよる

父母が手招きをしている
早くこちらへ
おまえを待ってる
その目は悲しげにも
やさしげにも
見える

早くこちらへおいで

雨の日と生きる力(2018年7月5日)

雨脚が弱くなり近所の喫茶店へ向かった

禁煙になったせいで客は少なく

雨のせいでいっそう少なく

空席が目立った

窓際の席に座ると

年配の男が二人でやってきた

「わいらはもう生きる力はないけんね」

「そうやもういらんそんなもん」

「そうはゆうてもわいは雨に弱いわ 生きる力はゼロや」

「わいかてそないや」

「晴れの日に生きる力は誰にもあるもんや

雨の日こそ試されるんや」

いれたてのコーヒーの香りがして

三十の坂をこえたばかりに見えるウエイトレスが

足取り軽くカップを運んできた

万引き家族(2018年7月1日)

話題の映画を見た

子役のかわいらしいこと

食べるシーンの多いこと

カップめんを食べているのが

貧しさの表現なのか

小さな女の子の母になりたかったのだろうか

演技とはいえ、愛情を感じさせられた。

反面で、小さな男の子お父親になりたかったのだろうけれど

やや表現力がものたりなかった。

ひょうひょうとしすぎていた

生みの親より育ての親

遠くの親戚より近くの他人

そんなあたりまえのことを

思い出さされた