大きな変化は急に起きたように見えても
小さな変化の積み重なりだ
芸事の練習は毎日、少しずつ、こつこつが良いという
詩を書く、楽器を弾く、作曲する
毎日、こつこつと。
大きな変化は急に起きたように見えても
小さな変化の積み重なりだ
芸事の練習は毎日、少しずつ、こつこつが良いという
詩を書く、楽器を弾く、作曲する
毎日、こつこつと。
道に酔芙蓉の花びらが一つ、二つと落ちている
ほっとくと舗装道路にくっついてしまう。
はがそうとしても簡単には、はがれない
ツツジの花もやはり同じだ
蜜のある花は落ちると地面にひっつく性質がある
今月に入ってから、時間が過ぎていくのを早く感じる
一日の時間はたっぷりと長く感じるのだが、
1週間は飛ぶように過ぎていく
ふと気づいた
睡眠の質がどうのこうの
変だなと思った
なぜなら医学用語の中には睡眠の質という言葉が
ないからだ
ネット検索するとどうやら
サプリ系の界隈で使われているようだ
あまり気にしないにこしたことはない
ゴーヤ、ミョウガ、パプリカ
今年の夏に美味しいと思った野菜
夏が終わるのは歓迎だが
夏野菜が食卓から消えるのは
さびしい。
このところに日差しの強さにはほとほとまいる。
日傘なしでは歩けない。
今月だけの話ではない。
5月も6月も7月も
そうだった。
日傘が必須アイテムになった。
そのうち
コンビ二では、雨傘のように、
日傘が売られる日が来るだろう。
雨とは相当広い範囲で降るものと思っていた。
京都市が雨降りなら、宇治も亀岡も長岡も
高槻も茨城も大津も、雨が降る。
昨日の雨はそうでなかった。
隣の町内で降っていても
こちらの町内では降らない。
極小の範囲で、雨を降らす雲があるわけだ。
きゅうりとゴーヤは似ている。
ゴーヤとズッキーニは似ている。
ナスとトマトは似ていない。
ピーマンとパプリカは似ている。
ピーマンと万願寺唐辛子は似ている。
京都の右京区ではいたるところでセミが鳴いている。夏の盛りである。
窓を開けて車を走らせれば、どこまで行ってもセミが鳴くのを聞けそうだ。
近くの児童公園でも、毎日、セミが鳴いている。
今日の昼下がり、幼稚園か保育園に通っている年頃の女の子が
お母さんと遊びに来ていた。足を止めて、女の子はじっと地面を見つめている。
お母さんは動こうとしない女の子にかたわらに立っている。
何を見ているのだろう?
セミの死骸だった
お母さん、これはなーに?
セミが死んだのよ
こんな話をしていたのかもしれない
女の子は何を理解しただろうか
セミが死んでしまうこと
そして
いつか自分も死ぬこと
お母さんもいつか死ぬこと
女の子が何を感じたのか
そばを通り過ぎただけの私にはわからない
徳島の友人は、ローソンとは言わず、ローソン屋さんと言っていた。
たしかにローソンとだけ言えば、人の名まえのように聞こえる。
ローソン屋さんと言う方が落ち着きがいい。
一番最初にローソンというものを知ったのは、
30年以上も前だった。
妹が住んでいた西宮市の住宅地にあった。何度か買い物に
行ったと思うけれど、特別な思い出はない。
今では、町を20分も歩けば、どこにでもある。
もし外国の町に行ったら、ローソンがなつかしくなりそうな気がする
ローソンで何か買いたいと。