寝床に入ると足元にひんやりとした空気が
流れ込み、眠りにつけない夜が
続いていた。
風がどこからはいってくるだろう。
エアコンのスイッチは切っている。
わかった。
足が冷えを感じているのだ。
靴下をはこう。
思い出した。
亡妻は眠るとき、靴下をはいていた。
寝床に入ると足元にひんやりとした空気が
流れ込み、眠りにつけない夜が
続いていた。
風がどこからはいってくるだろう。
エアコンのスイッチは切っている。
わかった。
足が冷えを感じているのだ。
靴下をはこう。
思い出した。
亡妻は眠るとき、靴下をはいていた。
私が詩を発表している同人誌があって
本部は徳島県阿南市にある。
逆光というのが同人誌の名前だ。
今度は別の団体に入れてもらえることになった。
徳島現代詩協会という団体である。
こちらにはとくに名前はないようだ。
本州と四国を結ぶルートは3つ。
その中で徳島は淡路島を経由する道路である。
もし鉄道が敷かれていたら、
JR山陽本線の枝分かれとして
徳島へつながっていたら、
どれほど便利だったことだろう。
関東にいる娘に
してほしいことがあった
してくれないまま、ずいぶん時間がたった
そこで
まーだだかい
とラインで送ったら
すぐに返事が来た
もういいよ
だいたい、毎月、月末になると
税理士さんと打ち合わせをしている。
お互い、マスクをつけての話し合い。
それにしても
耳が痛い、と言う。
ヒモの長さがちょっとでも短いと
痛くでたまらんです、と言うのだ。
ヒモを長くする作り変えなんて
簡単にできそうに思うのだが、
実際にはどうするのだろう。
それより、相当個人差が
あるはずだから
ヒモの長さでマスクが何種類があっても
よさそうなのに。
昭和49年を最後に中止されていた嵐山の花火。
今年、先週末に再開された。
もっとも来年からは毎年実行と決められているでもなさそうなので
今年だけの行事かもしれない。
今週末にも実行されるという。ただし時間は当日発表される。
前もって時刻を公表するといわゆる密が起きるからだと言う。
私は花火を打ち上げるときの音も好きだ。
ドーン パラパラパラ
そしてまた
ドーン パラパラパラ
演出効果をねらって飽きさせない工夫が
なされているのだろう。
花火そのもののきれいさとは別に
友達同士、家族、恋人たち
一緒に夜空を見上げる時間がいいのだろう
同じくコンセントの話だ。
2011年頃には節電スィッチのコーナーが
どの家電量販店にも広くとられていた。
今は片隅に数点の商品が陳列されているだけ。
すっかりわき役になってしまった。
昨日、ネット通販で購入して取り付けてみた。
雷のときにコンセントから発火するのを防げると
いう。
器具の隅っこに緑色のランプがついている。
その色合いがきれいで
気分がなんだかいい。
節電っていってもわずかなもので、
1か月1円くらいかな。
コンセントにはめ込むコンセントキャップ
というものがある。
前々から気になっていた。
むき出しのコンセントにほこりがたまって
自然発火することがあるという。
防止のために
はめ込む簡単な器具があって
それがコンセントキャップだ。
自然発火の防止のために
コンセントに帽子をかぶせるtいうわけだ。
ぼうしとぼうし。
たいしておもしろくもないが
語呂合わせにはちがいない。
北海道にしては暑い夏の日
神戸から来た両親と北海道開拓記念館に行った
園内を一通り見て歩き
ベンチで一休みしていると
園内を回遊する馬車が通りかかった。
ろばが引いていた。
「ろばがかわいそうやな」
父が言った
ろばが馬車を引くのはあたりまえに
見える光景だった。
動物愛護などには何の関心もない父だった
晩御飯のメニューに困ったら
カレーを作るように
詩が書けなくなったら
花を歌えばいい
最近になって訃報を知ったという
亡妻の友人から
フラワーアレンジメントが届いた
カサブランカを中心に
白い花々でまとめられていた
毎日水やりをしていると
つぼみだったカサブランカが
ひとつ、またひとつと花を開いていき
薄緑色のさやが開くと白色に変わっていく
その変化を見ていて2週間が過ぎた
最後のつぼみが開いて、もうじき
茶色になっていきそうだ
その変化は人の命のうつろいのようにも
見える
13歳のときに知り合ったという友人は
今ごろ思い出をかみしめていることだろう
北国の冬の校庭で
雪合戦に遊び興じた
少女の日々の思い出を
ここに一組の男女がいる
わけがあって一緒にはなれない
そこで
二人は天国に行ったら
一緒になろうと
約束をした
しかし天国がどこにあるのか
わからない
そう語り合う二人の目から
涙が流れ
頬をつたい
テーブルに落ちた
限りない真実が
涙の中に輝いていた