毎日スタンウエイ
こんななまえのブログがある
スタンウエイとは?
知る人ぞ知る
ピアノの最高のものだ
ブログ作者はスタンウエイを
毎日弾く
家事をこなし介護をこなし
愛犬の世話を怠らず
もちろんフルタイムの仕事にも
心を配る
そんな人がいる
私は毎日シンデレラよと
言わなくてもわかる
シンデレラは夜会に行ったけれど
私は夜会抜きのシンデレラ
これが私のかけがえのない人生
毎日スタンウエイ
こんななまえのブログがある
スタンウエイとは?
知る人ぞ知る
ピアノの最高のものだ
ブログ作者はスタンウエイを
毎日弾く
家事をこなし介護をこなし
愛犬の世話を怠らず
もちろんフルタイムの仕事にも
心を配る
そんな人がいる
私は毎日シンデレラよと
言わなくてもわかる
シンデレラは夜会に行ったけれど
私は夜会抜きのシンデレラ
これが私のかけがえのない人生
おれは
カフェオレのむだ
おらは
カフェオラのむだ
あなたはなあに?
古い話を持ちだすのは
いかにも年寄りじみて
恥ずべきおこないと
わかりつつ
半世紀も前の古びた校舎の
古びた教室
学生服の中学生の
国語の授業
のちに奇跡の教室で世に知られた
橋本武先生である
橋本武先生は
短歌の作り方を話してくれた
悪い作品を例にとって
これはいけないとたしなめられた
朝起きて 顔を洗って メシ食って
カバンを持って 学校へ行く
こんな当たり前は短歌じゃない
こんな話だ
時は過ぎて今
こどもが学校へ行かないうちでは
親はこんな短歌を読むと
涙ぐむかもしれない
あたりまえのことが
あたりまえにできる
それが奇跡だと
愛煙家のたまり場となっていた
とある喫茶店
駐車場もあればコーヒー豆の焙煎機もある
またとないコーヒーショップであった
昨今の受動喫煙防止の流れに
ある日をさかいに全面禁煙の張り紙を出した
どこへ消えてしまったのだろう
愛煙家は一人も来なくなった
愛煙家の一群は今いずこ
ネコA 「いやー、この暑さったら」
ネコB 「もうまったく」
ネコA 「ところで人間って丈夫だね」
ネコB 「どうして?」
ネコA 「湯気がたってる道を歩いてるさ」
ネコB 「ホントだ。人間ってしぶといね」
ネコA 「その点、ぼくたりは繊細だね」
ネコB 「昼間は日陰で昼寝、ぼくたちはそれが一番」
かくてネコは日陰で昼寝をし
太陽が移動し日陰が移動するのに
合わせて寝場所を変えるのであった
昨日の京都市の最高気温
38.8℃
百葉箱の中に納められた気温計が
示す温度がこれなら
炎天下での気温はもっと高い
40℃は越えているだろう
観光客は日程を変えられないからか
短パン姿でうちわを使って歩く
この歴史的な炎暑の夏を
生きているわけだ
なぜかしら
生きていることに感謝したくなった
事務部門のあたりを通り過ぎるとき
「遠からずうちも身売りしないといけませんね」
係長と課長がひそひそ話をしていた
ゴッホ学者は時間講師だから
つまり風に吹かれて行先が決まるような
立場だから
たいして気にも止めずに
底のすり減った靴で
威勢よく教室へ向かった
さて本日はひまわりの作品解説である
スライド写真を見せながら講釈をするわけだが
この日はいつもとなにか違った
自分の解説に疑問を抱いたのだった
ひまわりを植えたことも育てたこともない
そういう自分が何をえらそうにしゃべっているのか
教室をあとにした
時間講師は帰り道に園芸店に立ち寄り
土、ひまわりの種、プランターを
買い求めた
次なる年
ひまわりが花を咲かせた
時間講師は目を細めて見つめていた
少女だったころの
この人には会ったことがない
どんな人も少女だったころの
しぐさや物言いを
いくつになっても忘れない
首をかたむけるしぐさや
手を動かすしぐさに
この人はいつも
こうやって
生きて来たんだなと
思う
長い年月
かなで書いてみる
ひまわり
かたかなで書いてみる
ヒマワリ
またかなで書いてみる
ひまはり
漢字で書いてみる
向日葵
私が好きなのは
ひまはり
牧野植物図鑑では
ひまはりの説明をこう記している
太陽ニ向カイテ廻ルコトナシ
はらはらと花びらが散る感じは
やはり
ひまはりが
ぴったりする
秋が来たら
はらはらと散っていく
向日葵の花びら
はらはらと
流れ落ちる私の涙
夏は来ぬ
旅をするなら
若いうち
あのころは
夏を暑いと感じたことはなかった
海や浜辺や襲いかかる宿題の山山
鈍感だったのか
熱中するものがあったからなのか
海を見ているだけで
浜を歩くだけで
なんともいえないうれしさで
胸がいっぱいになっていた