ねむの花
合歓の花
あいよろこぶ花
言葉がきれい
きれいすぎて恥ずかしい
ねむりの花
行先の見えない暗い底へ
眠りの花
静かに深く落ちていく底なしの沼へ
ねむの花
合歓の花
あいよろこぶ花
言葉がきれい
きれいすぎて恥ずかしい
ねむりの花
行先の見えない暗い底へ
眠りの花
静かに深く落ちていく底なしの沼へ
再び京阪神地区に大きな地震のあった日だ
電話、メール、LINE
見舞いの言葉が届けられる
それは一瞬の光として心に届く
届いたと同時に消えている
夕焼けの流れ星ははかなく消えて
あとかたもない
6月には祝日がない
なぜだろう
夏至こそ祝いたい
それはさびしい日でもある
昼間が短くなる
気温はさらに暑くなる
来年の夏至を待つ日の始まり
生きていなければならない
柑橘と書いて
かんきつと読めない人が多い
忘れられた漢字の多いこと
みかんは蜜柑
橘はたちばなと読んでもらえないだろう
読めても書いてはもらえないだろうな
雛人形の飾りに使われ
左近の桜 右近の橘
冬のみかんから始まり
伊予かん ネーブル
清見オレンジ
河内晩柑
夏みかんへ
一年中絶えることのない柑橘類
一個の柑橘を半個に割り
朝の食卓のはじまり
五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
古今和歌集の頃と変わらず
みかんの花の香りは今も
人をひきつける
東京から京都へ
京都から東京へ
バスあり自動車あり電車あり
より取り見取りのこの時代
新幹線
車中の人となると
することが何もない
トラックで運ばれる荷物みたいなものだ
隣席では
弁当をひろげスマホをいじり
合間に缶ビールをちびちびと
憩の時間なのだろう
同時並行でできるのはみっつまでなんだ
さらに4つ目のことはできないのだろうな
と思っていたら
弁当をたいらげ缶ビールをのみほし
スマホを置いて
すやすやと眠り始めた
四つ目は眠ることだったのだ
五木の子守唄 はこんなふうに始まる
おどま勧進勧進
あん人たちゃよか衆
よか衆ゃよか帯 よか着物
子守の屈辱の気持ちがにじみ出る
それがなんだというのだろう
着物がよいからといって
それを着ている人物がよいわけではない
それでも一度は着てみたい
よか着物
1本のろうそく
1箱のマッチ
浜辺におりたち火をともす
風に吹かれて炎は消える
ふたたびマッチで点火する
やがてろうそくがなくなり
マッチもなくなる
そんな短い時間が大学4年間
司法試験やら公務員試験、
外交官試験やら会計士試験
見向きもしないで
文読む日日
クラブだバイトだ飲み会だ
知ったこっちゃない
学問だけを堪能するのだ

まだ目覚めている
もう眠りに着く
まだ目覚めている
眠りに落ちるあわいの時間に
想い出すことがあった
高校を卒業してまもなく亡くなった
ふたりの学友のことだった
中学一年生のある日に見た横顔を
想い出した
自動車事故に遭ったのだ
また
高校3年生のとき会話したある日のまなざし
海で岩から転落し溺死したのだ
先に逝った二人の友
まるで地球が縮んだかのように
京都と東京は目と鼻の先
新幹線は一直線
明日は東大駒場へ
なぜか正門あたりをありありと想像できる
方言を聞くとほっとする
テレビでときどき各地の方言を
聞くとなぜかほっとする
岡山、広島、徳島、福岡、宮崎
鹿児島、熊本、神戸、大阪、京都
方言には味わいを感じる
NHKの京都のニュースでは
幼稚園児らが「おった、おった、おるで」と言っていた
「いる」が関西弁では「おる」になる
あの子らが学校にあがると
いつしか標準語教育にならされて
関西言葉を忘れていくのだろう