山のいただき近くの川の始まり
木陰に咲く花々
人知れず咲く花が好きだった男は
人に知られず息をひきとった
桜が咲いているわけもなく
鳥が悲しい歌を歌っているわけでもない
季節のありふれた一日の終わる頃
最後の息をした
誰一人その死を知る者はなく
もちろん誰一人その死を悲しむ者もいない
男は類まれな長寿のために
子も孫も先に逝ったのだった
山のいただき近くの川の始まり
木陰に咲く花々
人知れず咲く花が好きだった男は
人に知られず息をひきとった
桜が咲いているわけもなく
鳥が悲しい歌を歌っているわけでもない
季節のありふれた一日の終わる頃
最後の息をした
誰一人その死を知る者はなく
もちろん誰一人その死を悲しむ者もいない
男は類まれな長寿のために
子も孫も先に逝ったのだった
去る年 手のひらに載るほどの
春愁は
空いっぱいに広がった今年
もはや春愁の下に生きている
わずか70キロメートル西方に
その中学校はあり
鉄道乗車では70分の時間なのだが
学んだ時空は半世紀も前のこと
すでに歴史的時間である
盲亀の浮木 うどんげの花
と教えられ今また心打たれる
広い広い海に盲目の亀が深くもぐり泳ぐ
100年に一度海上に顔をのぞかせ
そこへ大海原を漂ってきた一本の朽木
朽木にうがたれた穴に盲目の亀が首をつっこむ
その稀なこと
我らが命はそうしたもの
そのように稀なこと
うどんげの花は3000年に一度開花する
見る機会はまれに訪れるだけ
我ら凡夫は凡夫のままに生きてきた
さようならば
凡夫は凡夫のままに生涯を全うすべし
今さら
仏の道には踏み込まず
煩悩にまみれたまま
最後まで凡夫として
歩きとおせ
電車はスピードをあげ
車窓の景色は流れるように去っていく
去っていく
日本の景色もまた
日本茶の去り様は激しい
あと10年を持ちこたえるかどうか
急須のないうちが当たり前になり
茶はコンビニ、スーパーで買うものに変わった
危うし
宇治茶
危うし
日本茶
昭和20年1月3日に始まり
8月15日直前まで8か月にわたり
阪神間は計128回の空襲に耐え抜いた
神戸西部は焼失家屋15万
死者8841名 負傷者15万
わが母の家は全焼家屋の一つであった
生きていただけまし
としか言いようのない惨状であった
「家が燃えるほど悲しいことはない」
何度も繰り返し聞かされた母の言葉であった
3月17日絨毯爆撃の夜
遠く京都高射砲部隊により
B29アシッドテスト1機が撃墜された
今頃 どこで何してるやら
知るすべとてわずかなものしかないのだが
思わずにはいられない
執着を捨てよと言われれば
息を止めよと言われるに等しい
老境に至った身を嘆くことはないのだが
思わずにはいられない
今頃 どこで 何してるやら
今 渡るおびただしい人
今 渡らないおびただしい人
雨降る金曜の夜は
渦巻く群衆が川の両側にうごめく
それはふとしたはずみで決まってしまう
熟慮なんてほど遠い
刹那
刹那
いいではないか
夜ごと夜ごと気温は零下
手水鉢の水は氷を張る
氷のうえに雪が積もり
昼の温かな陽がさすまでの
淡い時間がすぎる
雪解けの道を老婆が歩む
スカーフをかぶり顔がかくれてしまう
残りの時間を生ききることへの
執念に満ちた顔つきを
誰からも顧みられず
誰にもさとられず
一心に
窓ガラスの外には
枠にへばりつく雪
部屋の中に
入れるものなら入りたかった
日々の営みの外側に
追いやってしまった想念のように
時折姿を現す
朝には光がさして
あとかたもなく消えていく
消えてしまうのは見せかけだけ