たった三つの原色から
千変万化の色合いができあがる
これほど美しい現象はない
空の色 海の色
地中海は紺碧の海
新しき背広を着ていくようなところではないけれど
あまりに遠い
魚一匹とれないというが
本当か
プランクトンのいない
純水と塩化ナトリウムの世界
だから紺碧
たった三つの原色から
千変万化の色合いができあがる
これほど美しい現象はない
空の色 海の色
地中海は紺碧の海
新しき背広を着ていくようなところではないけれど
あまりに遠い
魚一匹とれないというが
本当か
プランクトンのいない
純水と塩化ナトリウムの世界
だから紺碧
どんな虫だか知らないけれど
苦虫をかみつぶしたような
表情の男がいた
しもた屋に陣取って
道行く通行人に目をやっている
さかんな店をしていたものだが
今は誰もその男に
目をやらない
公道にはみ出さんばかりに
並べられたトロ箱には
大根、キャベツ、葉っぱもの
どれもこれも貧弱そのもの
相当の年なのだろうに
ひとりポツンと座り込んでいる
その隣に似合うのは
この私かもしれない
天気予報のとおり午後には雨が
降り出した。
8時近くなった帰宅の頃には
小ぶりになっていた。
歩道に1匹、みみずがはっていた。
植え込みから転落したのか、
コンクリートの上をさまよっていた。
このままでは歩行者に踏まれるか
歩道を走る自転車にひかれるか
そうでなくとも明日晴れ間が出たら
日干しになりそうである。
素手でつかむのは気味悪いので
大きな葉っぱにくるんで植え込みの
土の上に置いた。
まさか恩返しはしてくれないだろう。
土曜日の昼が来た
6日間の仕事日が終わる
週末のベルが鳴る
デッキでくつろぐネコも
眠たげな目をしている
早朝カラスの群れがたけだけしい鳴き方を
していた
あれは争いをしていたのだ
闘いは終わった
どこにもカラスの姿は見えなくなった
水田がなくなっていく
数年前まではあんなに鳴き声が
聞えていたカエルもいなくなった
ぽっかりと天に空いた穴のような
土曜日の午後
魂が穴からさまよい出ていく
月曜日の朝まで
行方知れずになるのだ
風呂の戸ではないよ
フロイトだよ
思えば世話になったものだ
フロイトのアイデアに
何度助けられたことか
言い間違いの中には
その人の本音が隠されている
フロイディアン・スプリット
市井の町医者として
年中無休の診察
絶え間ない執筆
フロイトのように
生きることができるなら
アカシジア
明石ではないよ
アカシジアだよ
精神科医の専門用語だ
隠語だ
知らなくて当然だ
とある薬物の副作用のことだ
パーキンソン病にそっくりの症状
イタリア語で何て言うのか
調べてみた
ふつうの辞書にはのっていない
隠語だからむりはない
イタリアは半世紀前に
精神病院を廃止した
偉大な国
イタリア語にはKがない
かの国ではキスをしないのだろうか
国境をいとも簡単にこえて
イタリア人はフランスの
精神病院に入院している
フランス語にはHがない
かの国の人はHをしないのだろうか
そんなことを
極東の四十八音の国の
私が心配しなくていい
夜になれば眠っていいのだ
地球の裏側にまで落ちていくような
深い眠りを
子ネコを産んだ母ネコはやせて小さくなった
このところ毎日エサをねだりに来ている。
いつになったら、子ネコを連れて来るのだろう。
去年は7月になってからだった。
まだ1か月以上も先だ。
青モミジの時期がすぎた。
明るい緑色から濃い緑色へ
葉の色は変わってきた。
メガネのような形の紅色のものが現われた。
これは種。
紅葉の時期にはすっかり種も成熟して
プロペラのように風に吹かれて
飛んでいく。
落ちた土地で来年の春、芽を出すことができたら
カエデの成長が始まる。
双葉から4枚、6枚と葉がふえていくころ
葉を支える幹は針ほどの太さしかなく
とても幹とは呼べない。
3年、4年と時がすぎて
初めて幹らしくなっていく。
みかんの花を見た
色は白
香がいい
産地では今頃
みかん山全体が香っていることだろう
夜になればネコがみかんの木のたもとで眠る
年若いカップルが月明かりに照らされた
たがいの顔を見つめ合う
今夜は満月なのだ
朝、いつものように出勤のしたくを
終えようとしていたとき
自作が思い浮かぶ代わりに
記憶がよみがえった
君死にたまふことなかれ
(旅順の攻圍軍にある弟宗七を歎きて)
與 謝 野 晶 子
ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末に生れし君なれば
親のなさけは勝りしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せと敎へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四(にじふし)までを育てしや。
堺の街のあきびとの
老舗(しにせ)を誇るあるじにて、
親の名を繼ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家の習ひに無きことを。
君死にたまふことなかれ。
すめらみことは、戰ひに
おほみづからは出でまさね、
互(かたみ)に人の血を流し、
獸の道に死ねよとは、
死ぬるを人の譽れとは、
おほみこころの深ければ
もとより如何で思(おぼ)されん。
ああ、弟よ、戰ひに
君死にたまふことなかれ。
過ぎにし秋を父君に
おくれたまへる母君は、
歎きのなかに、いたましく、
我子を召され、家を守(も)り、
安しと聞ける大御代(おほみよ)も
母の白髮(しらが)は増さりゆく。
暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかに若き新妻を
君忘るるや、思へるや。
十月(とつき)も添はで別れたる
少女(をとめ)ごころを思ひみよ。
この世ひとりの君ならで
ああまた誰を頼むべき。
君死にたまふことなかれ。