それは人のためではない
なぜなら人は明るい光を好むから
人は雨なしで生きていける
植物は雨なしでは生きていけない
なぜなら動けないから
雨がふる日を植物は恋いこがれているのだ
雨の日の植物のよろこび
ごちそうにありついた哺乳類も
及ばない歓喜のとき
それは人のためではない
なぜなら人は明るい光を好むから
人は雨なしで生きていける
植物は雨なしでは生きていけない
なぜなら動けないから
雨がふる日を植物は恋いこがれているのだ
雨の日の植物のよろこび
ごちそうにありついた哺乳類も
及ばない歓喜のとき

古老柿
ころがきという珍しい柿
干柿にしたもの
宇治市の名産のひとつだ
思い出にひたることは
創造的なことだ
それは今、ここでおこなわれるからだ
恐れないで
思い出に向かって走れ
ありありと現前させてみよう
夜間の夢よりもずっといいものだ

3月が一年の始まりなら
春から一年が始まり冬で終わる
四季の並びかたにぴったりだ
あいにくの雨で
春の始めの土曜日なのに
散歩すらできなかった
だから
こんな散歩道を考えてみた
川にそって歩く
上流から下流へ向かって
神戸の川の一つ一つを
六甲山から大阪湾へ
武庫川(むこがわ)
夙川(しゅくがわ)
芦屋川(あしやがわ)
一休みして
住吉川(すみよしがわ)
生田川(いくたがわ)
三宮まで来たら、JRのガード下に
たたずんでみたい
その上を走る列車に千回万回と乗り
乗った自分は変わったけれど
ここだけは半世紀前と変わらない
まったく忘れられた空間だ
もうすぐ散っていくけれど
椿が一輪、咲き続けている
どうして2月が一番短いのだろう?
ある人は言う。
むかしむかし、一年は今の3月から始まり
今の2月で終わった。
30日と31日が混じって、1月まで来ると
残りは28日しかなかった。4年に一度だけ
29日が残ることになった。
また別の人は言う。
むかしむかし1年は10か月だった。そこへ
7月と8月が割り込んだ。そのため12か月に
ふえてしまった。
誰かは言う。
2月が短いぶん、早く3月が来るからいいじゃないか
ミモザが風に花をゆらしていた午後、
下校の小学生が帽子を押さえて家路を
急いでいた。
暖かさを感じる朝
小雨が地面をぬらす
植物の根をやしなう
春の女神の到来だ
明るい陽射しよりも暖かな雨が
待たれていたのだ
雨こそ女神
きょうは26日なのに
勘違い
27日と思いこんでいた
きっと
しばらく電話で話していない妹が
気になっていたのだ
4月の27日生まれだから
27日が心の片隅に
浮かんできたのだった
それとも
昔、26日に大事件があった
そのことを思い出したくなくて
カレンダーから消してしまったのかも
しれない
筒井康隆『バブリング創世記』の
ページを開いてみたら
こんな文があった
ドンドンはドンドコの父なり
ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、
ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む
どこで区切られるのかあいまいだけれども、
おもしろおかしく読める
どんどん読める どこまでも
どこどんどん どんたかたったなかけいいち
お父さんに連れられて
きょうはワクチンの日
腕をすっくと差し出すと
いつも泣かないわよね
逃げ回る子もいるのに
強いのねと
看護師のお姉さんにほめられた
お父さんは
うちではね注射しても泣かないんだと
自慢しているんですけど
ぼくは泣くのをみたくてね
きょうも涙一粒見せもせず
長い髪を肩にたらして平気な顔つき
そうだよね
お父さんがいくら願っても
泣けないものは泣けないよね
あしたは3歳の誕生日
わたしはつよい
待てども
待てども
小鳥は飛んでこない
野良の猫もやってこない
餌を用意してあるのだが
そんな日には
決まって
ミューズも来ない
待てど暮らせど
詩神は来らず
賢治の写真を見てごらん
首から手帳とペンをぶら下げている
今ならデジカメもぶら下げていなくちゃね
このごろ診察に訪れていない
どうかしたのだろうか
気がかりになる日がある
そんな時に
当の人がやってくる
ほっとした気分に一瞬なる
これは虫の知らせか
第六感か
インスピレーションを大切に
今宵また