東大駒場に夕日が沈む(平成28年11月13日)

渋谷駅の賑わいあるいは喧噪から

電車で6分

降り立つ駅は東大駒場

学園にはつきものの楽器音もなく

なんという静けさ

正門前が袋小路で

クルマが通過できないために

できあがったこの静けさ

 

けれど静けさにしみじみと

さびしい気持ちにさせられた

カラマツ林どころではない

若者の姿は見えるけれど

ちらほらと見えるのだが

その数の少なさ

 

講義が終われば交わす口数少なく

めいめいの方向に帰ってしまうのだろうか

学園祭前だというのに

この人影の少なさ

 

思えば教室と食堂と図書館

これだけが学生の居場所

こんなのでいいんだろうか

 

東大駒場に来ることはこれからだってあるかもしれない

けれど二度と学生として来ることはできない

当たり前だ

卒業とは後戻りできないこと

 

構内の片隅にバラがいく株も咲いているのを見つけた

見たこともない珍しい品種らしく

高貴な姿をしている

さびしい風景を打ち消してくれた

ああ 今こそ夕日が沈む

 

真田ひも(平成28年11月13日)

くだんの喫茶店へ行くと

いつものとおり

ジジババがあちこちの

席にたむろして

しゃべくりあっている

聴くとはなしに聞いていると

 

あのなあ

真田丸見てるか

見てるやろ

真田紐いうて知ってたか

 

知らん 知らん

そんな紐

 

まあええねん ともかく紐や

真田が作ったひもなんや

 

真田紐がどうしたんや

 

それがなあ

サナダムシいうて 腹に寄生するムシがあるやろ

真田紐に似てるさかい

サナダムシいうんや

 

そうかいそうかい

真田も虫の名まえになって生きとるんやなあ

 

小学校の理科の標本室においてあったやろ

ガラスの中にうねうねとしてたやつ

おぼえてるか

 

思い出したわ 気色悪かったなあ

あんなんが腹にすまれたらかなわんで

ぞーっとしてたわ

 

そうやあれは学校へ卸に来る業者さんが

売りつけたんやと思うな

生徒をびっくりさせたろ思うて

校長先生が買いはったんやなあ

 

今どきはないらしいで

 

そうか

ムシがとれへんようになったんやなあ

 

行かなくちゃ(平成28年11月13日)

一度行かなくちゃ

ならない

近くまで行かなくちゃ

ならないのだ

鉄人28号を見るために

 

阪神淡路大震災のあと

神戸市長田区若松町

若松公園に設置された

鉄人28号

 

手塚治虫の漫画の絵とは

かけ離れているように

思うのだが

 

それはそれでいいのだが

若松公園は住んでいた家の真裏にあった

JR山陽線の新長田駅のすぐ真南、

電車の窓からよく見えている

 

一度行かなくちゃ

近くへ行かなくちゃ

祖父祖母伯父叔母そして

いとこたち

記憶をよみがえらせるために

行かなくちゃ

ならない

 

 

とりこ(平成28年9月29日)

漁師に息子がいた

その男は漁に従事するうち

とりこになった

沖に出ると帰港したがらないのだった

ずっと沖にいたい

男はそう言い

帰港しても陸に上がらず船中から離れない

漁に魅せられた男には

沖が我が家になった

 

弾丸ツアー(平成28年9月28日)

孫 「おばあちゃん、私、弾丸ツアーに行ってくるよ」

祖母「おっかないね。その弾丸ってのは。危険なところへ行くのかい」

孫「そうでなくて。目的地へ一目散、という意味よ」

祖母「弾丸だから、行きっぱなしなんじゃないの。

帰ってくる弾丸なんて聞いたことない」

孫「そういわれたら、へん。でも私の弾丸ツアーは

ちゃんと帰ってくるの」

祖母「そうかい、気を付けて行っておいて」

孫「ところでおばあちゃん、お願いがあるの。

旅費が足りないの」

台風 今むかし(平成28年9月4日)

今も昔も台風は変わらない

8月 9月 ときに10月

列島を海上から陸上へと

南から北へと

西から東へと

突き進む

圧倒的な馬力だ

 

昔 むかし こどもの頃

無邪気だったから いや無責任だから

無責任だから いや責任は免除だから

台風を楽しみにしていればよかった

 

降りしきる雨

増水する川

水没する道路

停電

ろうそくの明かりが楽しくて

学校は休み

兄妹で遊んでいればよかった

 

台風一過

空の青さが目にしみた

海浜を見に行った

波はまだ荒々しく

流木とそれを拾う大人の姿

浣腸までが落ちていたよ

 

 

ふらんす (平成28年9月3日)

ふらんすにあこがれ

アーベーセーしか知らずに

渡仏した男がいた

知り合ったフランス田舎出の娘と

結婚し山がちの村に暮らした

羊を飼い牛を飼い小麦を育て

やがて生まれた子どもが3人

農夫になるよう育てた

村の会合に出席し祭りに参加し

フランス人になっていった

折からのツーリズム そんな村にも

日本の中年夫婦が村のホテルに

宿泊した

声をかけられたのだが

日本語は完ぺきに忘却していた

見た目にもフランス男になりきり

日本人の面影は何もなかった

祖国など念頭になく

ただひたすらに異国の旅人を

もてなすのだった

 

明日は月曜日(平成28年8月21日)

日曜の夜になると

明日は月曜日

当たり前だ

けれど

行先がなんと中学校の教室だとしたら

かまうことはない

断然として登校するだろう

持ち物は何もなく

せめて体だけでもと駆けつけるだろう

駆けつけてみれば

なんということ

元のままのクラスの生徒がそろっているではないか

すっぽりと抜け落ちた時間

明日から中学生だって

やれるんだ

夏休み気分(平成28年7月10日)

5月黄金週間から7月海の日まで祝日はない

うるわしの5月が過ぎ去ると梅雨の季節が到来する

梅雨の季節の終わりとともに炎暑の夏が居座る

一年のうちで気候的に苛酷な時期に

祝日のない時期が一致する

それはそれとして 夏の到来は夏休み気分にさせてくれる

気分だけは夏休みだ

義務というものが免除されていたこどもの頃

義務が満載のおとなになってからの日々

それはそれとして 夏の到来は夏休み気分にさせてくれる

登る山 泳ぐ川 船を出す海

手を伸ばせば容易にとどく距離にある

想像せずにはいられない