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世間では小学校卒業式
学校近くの喫茶店では
卒業式後の正装の父母らが
ほっとした表情をうかべ
コーヒーや紅茶のカップを
手に取っている
かたわらには
高齢婦人が二人
長話をしている
髪が黒い時期なんて
ほんの短いもんだよ
私らを見てごらんよ
染めてやらないとみっともなくて
相方は染めない主義らしく
白髪を短めにすそをそろえている
髪が黒のうちは黒を大切にしないとね
染めたいのなら白髪になってからでいいと
私は思うんだよ
こんな話をしながら
タバコをふかしていた
誰もいなくなった講堂では
用務員が落し物がないか
丹念に見て回っていた
中原中也 「また来ん春」
また来(こ)ん春と人は云(い)う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返ってくる来るじゃない
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といい
鳥を見せても猫(にゃあ)だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
こどもだから無知はあたりまえ
無邪気ゆえにかわいらしい
笑っていればいいのだが
にわかに不安に襲われる
幼児と自分と どれだけの
違いがあるのだろう
象を見せても猫(にゃあ)といい
春だ 桜だ 花見酒
鳥を見せても猫(にゃあ)だった
春だ 桜だ 花見酒
どこが違う
春が来るたび
われらが無知を恥ずる
遠くへ来たわけではないことを
ただ古びただけであることを
思い知る
人は決まって遠くへ行きすぎる
人は決まって遠くへ行きたがる
困ったものだが
それは人の習性
それは社会の習性
遠くへ行きすぎると どうなるか
決まって難民となる
なにゆえに自分はここにいるのかを
知らずして
りっぱな暮らしをしてはいても
心は難民である
まして零落していれば
身も心も難民である
難民にならないように
遠くへ行きすぎるなかれ
相手の興味あることに
関心を持ち
異質のものを
受け入れる
それは降参だ
それは屈服だ
降参する者
屈服する者だけが
生き延びる
それを愛と呼んでもかまわない
我を張る者は
勝利しながら
得るものはなにもない
言葉は生き物
不思議にも下落していく
時は過ぎ
人は変わり
言葉は遷り変わり
万物は流転する
貴様は罵り語になり
御前が蔑称になり
大将は揶揄語となり果てた
一所懸命が
一生懸命になり
息抜きの暇とてない
暗黒の雲が空をおおう
人はもはや青空を知らない
発達障害や人格障害
あまたある精神障害が
あろうとなかろうと
ただひとつのものに
貫きとおされた日々の営み
一所懸命だけが
あらまほしい人の姿
山のいただきで
思えば遠くに来たもんだ
鼻唄をムーミンが歌っていると
うっかり遠くへ来すぎたもんだ
とこだまが聞えた
時は夕暮にはまだ遠いのだが
帰らなくては
還らなくては
ムーミンの心にささやくものがあった
夕暮までに帰り着くだろうか
ムーミンの胸は不安ではりさけそうになった
谷間の家の台所から
流れてくる夕餉のにおい
食卓のしたくをしているお母さん
家の壁のペンキ塗りしているお父さん
早く会いたくて
ムーミンは靴が脱げたのも忘れて
足を早めた
足取りは重く
前へと進まない
後ろ髪がひかれて
しかし何が後ろ髪をひくのか
いぶかしいのだが
ちょうど春もまた
3月が近いというのに
足取りは遅く
訪れる気配すらない
今は立ち止まるときだ
こんなに遠くへ来たのだから
前進を断念すべきときだ
これほど遠くへ来てしまったのだから
引き返すときだ
旅は終わろうとしているのだから
きょうの日曜美術館
モネの展覧会がいま福岡で
開催されている
水蓮を描き続けたモネ
しかし晩年には白内障に
悩んだ
黒いサングラスをかけた写真が
残されている
日光をさえぎる治療法が当時には
主流だったのだろう
現代なら
白内障は手術で治る病気のひとつだ
もしモネの目が現代の手術をされていたなら
もっともっと
水蓮を描いてくれたことだろう
落下物 飛遊物
粉塵 枯葉 犬の糞
当たらぬように気をつけていても
あとは運まかせ
春一番
強風とともにしか春は来ないのだから
なまあたたかで
どこか冷たく
宙ぶらりんの
春一番
こんな日には出歩かなくてよいのだが
動物 植物
春のきざしに会いたくて
何にも会わず
花粉だけをたっぷり吸いこんで
家路についた
あくびができるような
判で押したような
そんな毎日がいい
サプライズはいらない
びっくらこいだ
亡父が口にしていた気にいりの文句だった
びっくらこぐような日は来ないでほしい
時をへて今はびっくらぽん
ひびきだけで笑いをさそわれる
けれど
びっくらぽんもいらない
鉄道ダイヤのように
何もかもが定められた秩序のもとに
始まったオーケストラが楽譜を
きざみ終章へたどり着くように
サプライズのない一日をきょうも願う