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ムーミンは谷に
降り始めた雪を見ていた
上から下へ
ななめ上からななめ下へ
風にあおられて
くるくる舞う白い羽根のよう
あきずに眺めていた
風が止み日が射し
青空が見えたとき
ムーミンは冷たくなった手を
ママに暖めてもらいに
家の台所へ行った
ママは冬眠からさめたときに
食べられるように
ジャム作りをしていた
「ママ、みじめになる方法ってあるの」
ママは答えた
「自分のことを考えるといいのよ
自分がもらって当然のもの
みんなから自分が好かれること
自分が誰からもやさしくされること
そんなことを考えていると
きっとみじめな気持になれるわよ」
ムーミンは暖めてもらった手に
手袋をつけて
外へ行った
西の空が茜色に染まる
ムーミンの好きな時間だった
住まいは持たず
アパートに寝起きし
妻子はもたず
シングルライフ
部屋にはベッドとスマホ
それに小さなノートパソコン
台所はあっても
茶をいれることすらせず
コンビニ弁当で栄養は足りている
服は2,3着
シャツが少々
仕事だけはきちんとこなし
クルマは持たず
タクシー、自転車、電車、バス
何が楽しいのか
この人は
眠れない夜に
時の過ぎるのが長く感じるとき
この不眠症の男は思うのだった
地上に降りて来た
夜という物質を支えているのだ
朝になれば消えてしまう夜という物質
その守り神がオレだ
寝ずの番をつとめる任務を
自分は与えられているのだ
都会から離れた農村地帯の奥に
その紅葉山はあった
交通不便な所だが
それが幸いして混雑せず
傾斜面に腰を下ろせば
背後の紅葉林と下界が
遠望できた
30年前から一人の男が
楓の苗木を植え続け
千本を超える林に育った
自然落下した種が育ち
男の手を借りなくとも
林は成長していったのだった
人間の条件をただひとつあげてみよ
こう言われたら
きみは何をあげるだろう
しがない板金屋のおやじでさと
自嘲気味に語る
この男は
もらい泣きのできる人と
答えた
学問があればそういう人になるわけでもなく
学問がなくてもそういう人がいる
学問は関係がなさそうだ
もらい泣きのできる人
宮沢賢治ではないが
そういう者にわたしは
なりたい
松の木のにおいを思いっきりかぎたい
松脂が枝や幹ににじみ出ている
そんな松の木の香を胸いっぱいに吸いたい
手に付着すればかんたんにはとれない
そんな脂のにおいが好きだ
松林を歩くと、香りに惹かれて
どんどん歩いて行ってしまう
浜辺では潮の香
ふたつのにおいに
心が満たされる
どこまでも歩き続けたい
晩秋だったので
ムーミンは落ち葉の掃き掃除に
朝早くから取りかかった
掃いたあとにすぐまた落葉し
いっこうに終わらなかった
離れた所で大工仕事をでしている
パパのところへ行って
「お父さん、幸せの公式ってあるの」
ときいた
ムーミンパパは手を休めて
「それはあるさ
わけもなく幸せになってしまうことさ」
風が吹き始め
飛ばされていく落ち葉を
ムーミンは目で追った
時
それは命そのもの
あなたの
わたしの
時
それは愛のこと
与えるもの
与えられるもの
時
それは宝物
奪ってはいけないもの
奪われてはならないもの
時
それは育っていくのに必要な時間
急ぐことはできない
短縮することはできない
時
それは惜しまなくてはならない
心そのものだから
時
それは時計で測られる
腕時計をはずしてはいけない
けれども
測りすぎてはならない
時
それは忘れなくてはいけない
生そのものだから
時
それはともにすごすもの
あなたとわたしの
二人の時
時
たとえ離れていても
二人の時は
シンクロナイズしあう
消極的な身の処し方がここに極まる
反面で
波乱を避ける身の処し方とも言える
年齢を重ねれば
誰しも
見ざる言わざる聞かざるに
たどり着く
寄り添って
砂浜を歩き
パラソルの下
並んで座り
オブジェのように
動きが止まったままの二人
それは確かな生の時である