雨が少なく気温の高かった5月が終わった
発見したことが三つ四つ
松の花から葉が出るまでを初めて観察したこと
ショウブとあやめの違いがわかったこと
トクサという植物の名を知ったこと
木星がどれかわかったこと
植物・天体関係が多かった
雨が少なく気温の高かった5月が終わった
発見したことが三つ四つ
松の花から葉が出るまでを初めて観察したこと
ショウブとあやめの違いがわかったこと
トクサという植物の名を知ったこと
木星がどれかわかったこと
植物・天体関係が多かった
夕飯後に出発したクルマは
夜の間ずっと走り続けた
橋を渡り 海辺に沿って
はるかな道のりを走り続けた
若い両親は交互にハンドルをにぎり
車中の女の子は眠り続け
山間の村に朝日がさして
古屋に着くまで目を覚まさなかった
目をあけると 祖父母の顔がのぞきこんでいた
幼稚園にあがるまえの
遠いと近いの
分別の始まる前の
愛らしさを祖父母はいとおしく思った
遠くまで空は広がるけれど
空には果てしがどこかにある
私のさびしさはどこまでも広がり
果てしがない
20億年の孤独をうたった詩人がいるけれど
私は20億光年どころではない
果てしなく深いさびしい心を見つめている
人のぬくもりはありがたいけれど
正確無比の運行をする天体の非情さに
むしろなぐさめられる
きょうも西の夕空が青く澄んで
三日月、金星、木星が輝いていた
さびしさの橋を先端まで渡り終えると
その先には反対の世界が開けていた
かなわぬ願いがあるけれど
かなう願いもある
そもそもかなわぬ願いを
人はいだかない
願いはかなう
夜が明けて朝が来るように
いとも自然に
言葉は不完全なので
いつも人は言い間違えをしている
それだけではない
聞き間違いが絶えることがない
そのせいで
この世は阿鼻叫喚(あびきょうかん)
共感ではないのだよ
美しいは醜いの反対
醜いは美しいの反対
こんな調子だから言葉はいつもカラッポだ
きみをぼくは好き
と言ったところで
好きは嫌いの反対なのさ
まったくもって意味不明だ
それなのに
朝から万事がなんだかうまくすすむ
きょうはふしぎな一日だ
いったいどうなっているのだろう
人と人とは互いに依存し
生きがいを互いの中に見つけているせいだ
他人なくして自分の生きがいがあり得るだろうか
自分の上に自分の生きがいを築けない
人はかくも弱い存在
そして弱い者だけが生き残る
花鳥風月は歌わない
こう決めている
制約の中でしか想像はありえないからだ
けれど一度だけ花を歌おうと思った
それは力の試される危険な企てだ
真冬の野辺に咲く誰にも見れられない花
春爛漫の季節に咲くハチだけが知っている小川の
ほとりに咲く花
そんな花の一群れとなって咲き誇りたい
行き止まりの前で立ち止まった日
そんな日が無数にあった
迂回路を見つけてまた進んだ日
そんな日も無数にあった
心のなかにはもう一人
自分が生きていて
ふだんは表に出てこず
たまさか表に出たがる
そんないきものである
そいつはそいつで
時空を超えて生きているのだ
寝静まった町でひとりきりの夜更けになると
そいつが語り始める
聞かされるのはこの自分だ
たいていは聞かされずともわかりきったことだが
ときに思いがけないことを語る
そうして断片に切断されていた
自分がまとまりのある一つの生命体に
還るのだ
うまく
自信をもって
とらわれだしたらどうなるか
ただあることのむずかしさよ
ただおこなうことのむずかしさよ
目覚めているのか眠っているのか
わからぬままに土曜日の夜が明けて
カーテンの向こうには
どんよりと空が広がり
朝なのか昼間なのかわからぬままに
日曜日の一日が始まった
ちょっとこわそうな顔の男が
行く手に道行く私を待っており
「〇〇です」と名のられてびっくり
片手にたばこを持った
旧知の人物であった
病院の外出許可をもらって
道を歩いていたのだった
「いいズボンをはいてますね」と
私のかなりよれたズボンをほめてくれた
なんだかとてもうれしくなり
彼がこれから帰っていくのは何十年と暮らす精神病院の一室
自由なはずの自分が彼になぐさめられるとは
元気そうですねと言うと
あほは元気なんですよと冗談が返ってきた
昼間なのか夕方なのかわからぬままに
日暮れようとするなか
ゆっくりと自転車に乗っていると
旧知のご老人から
「自転車の後輪の空気が抜けてます
このまま坂道を昇るのはえらいでっせ」
と声がかかった
タイヤに気がつかないほど私にはとらわれていることが
あったのでった
なんだかその親切がとてもうれしくて
自転車を降りて押して歩き
空気入れでさっそくタイヤを満たした
満たされたのは私の心もであった